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“人の役に立ちたい”という
気持ちを忘れずにKosukeさん 山形県出身

遊佐町出身の私は、中学3年生の頃に看護師を志しました。きっかけは祖父の病気です。当時は思春期だったこともあり、病気と向き合う祖父に十分寄り添うことができませんでした。そして祖父が亡くなった後、「もっと話を聞けばよかった」「もっと力になれたかもしれない」という後悔が残りました。
その経験をきっかけに看護師を志してから、その気持ちが揺らぐことはありませんでした。酒田東高校から山形大学医学部看護学科へ進学し、看護師になるという目標に向かって学び続けました。
国家試験前には学習室に仲間たちと集まり、夜遅くまで勉強したことを今でも覚えています。苦楽を共にした仲間と合格を喜び合えたことは、学生時代の大切な思い出です。

現在は山形県立中央病院のICUで勤務しています。心臓血管外科手術後の患者さんや重症肺炎、敗血症、救急搬送された患者さんなど、命の危機にある方々と向き合う毎日です。患者さんの状態は刻一刻と変化するため、常に観察を続けながら治療を支えています。
また、DMAT(災害派遣医療チーム)の一員として能登半島地震への派遣も経験しました。災害現場では看護そのものだけでなく、現地の状況を把握し、必要な医療支援を調整する役割も担います。薬が届かない地域への支援体制を整えたり、自衛隊や関係機関と連携したりすることもありました。
ICUでも災害現場でも、一人でできることには限界があります。医師や看護師、薬剤師、臨床工学技士、リハビリスタッフなど、多くの職種が力を合わせて初めて患者さんを支えることができます。だからこそ私は、日頃からコミュニケーションを大切にしながらチーム医療に取り組んでいます。

後輩指導で大切にしているのは、患者さんの異変に気づく力を身につけてもらうことです。ICUでは急変する前に何らかのサインが現れます。モニターの数値や検査データだけではなく、患者さんの表情や反応なども含めて観察し、「何かおかしい」と感じられるかどうかが重要です。
そのためには正常な状態を知り、多くの情報を総合的に判断する力が必要になります。後輩たちには、目の前の情報をそのまま受け取るのではなく、「なぜそうなっているのか」を一緒に考えるよう伝えています。
一方で、患者さんの安全と尊厳の間で悩むことも少なくありません。治療上やむを得ず身体拘束が必要になる場面もありますが、本当はもっと自由に過ごしてほしいという思いもあります。だからこそ病気だけを見るのではなく、その人の人生や価値観まで含めて理解しようとする姿勢を大切にしています。